クレスウェル邸の広間に、アレクサンドルは静かに立ち、集まった仲間たちに向けて言葉を選んでいた。リディアがフィオルダス家との縁談を受け入れた姿を見て、彼女の覚悟が自身にも大きな決意を促したことを、改めて感じていた。
「皆、少し聞いてほしい」と、低く穏やかな声で口を開く。「私はこの先、冒険者としての道ではなく、エルドリッチ商会の当主として歩むことを決めました」
広間が一瞬静まり返る。エリーナが少し驚いたように見つめ、レオンもまたアレクサンドルの意図を測りかねていたが、彼は一人ひとりの視線を感じながら続けた。「もちろん、黎明の翼のリーダーとしての役割や冒険者としての将来も、私にとってはかけがえのないものでした。ですが、今はそれ以上に果たさなければならない使命を感じています」
彼の目には、揺るがない決意があった。「今の私たちの戦いは、クレスウェル家や商会を超えたものだ。世の中の人々を月の信者たちの手から守るために、商会を通じてできる限りのことを成し遂げたいと思っています」
エリーナはその言葉に、リディアと同じく、アレクサンドルもまた「守るべきもの」を胸に抱いているのだと理解し、少し寂しさと誇りが混ざった表情で彼を見つめた。「……それでも、アレクサンドルさんが剣を置くなんて、少し寂しく感じます」
彼は静かに微笑んだ。「エリーナ、ありがとう。だが、今の私にとっては剣や冒険以上に、広い視野で世の中の人々を守ることが必要だと思っている。リディアが選んだ道と同じように、私もまた新たな形でこの世界のために戦いたいんだ」
レオンは、アレクサンドルが自らの未来を捨て、商会の道を選んだ覚悟に心から敬意を感じた。冒険者やリーダーとしてのアレクサンドルの活躍を信頼していたが、今は新たな力となる決意を彼に見出していた。
「アレクサンドル、君がそう決意したのなら、私たちも君の選択を応援しよう」と、レオンは深く頷き、彼の覚悟を受け入れた。「君の商会を通じて、月の信者たちにも強い牽制ができる。私たちも協力を惜しまない」
仲間たちの理解と支援を受けたアレクサンドルは、再び静かに語りかけた。「この商会は単なる組織ではなく、広く人々に役立つ力の源になるべきだと思う。そして、月の信者たちの陰謀から守るための重要な手段として活用していくつもりです」
そう告げたアレクサンドルの声には、一片の揺るぎもなく、リディアの決意を胸に秘めた自身の覚悟が表れていた。そして、エルドリッチ商会の次期当主としての第一歩を、ここに踏み出すのであった。