夜の帳が降りたクレスウェル家の邸宅。かつての賑やかさは消え、廊下に響くのは足音だけ。アンナ・クレスウェルは広間の窓から月光を見つめていた。ガイウスが告げた月の信者たちの陰謀――彼女にとって、それはあまりにも衝撃的で信じ難いものだった。しかし、夫の苦悩に満ちた瞳を見るたび、彼の言葉が真実であることを悟った。ガイウスは嘘をつく人間ではない。そして彼が守りたいと思っているもの、それがこの家族なのだと。
アンナは、ガイウスと共に闘う決意を固めた。夫がこれまで築き上げてきた同盟や関係が、少しずつ崩れ始めているのを感じ取っていた。エリディアムの貴族たちは風見鶏のように時勢に敏感だ。クレスウェル家が没落の危機に立たされると知れば、彼らが背を向けるのは当然のことかもしれない。しかし、それでもアンナは諦めるつもりはなかった。たとえ全てが失われたとしても、子供たちを守るために、そしてガイウスのために戦う意志が彼女にはあった。
その夜、彼女は一人静かに廊下を歩き、旧友たちの名を思い返していた。彼らの多くが既にクレスウェル家から距離を置いていたが、それでもなお信じられる者がいると信じたかった。まず思い浮かんだのは、アレクシウス・レオニダスだった。彼とは長い付き合いがあり、ガイウスが最も信頼を寄せる人物の一人だ。しかし、最近彼の態度が冷たく感じられることが増えているのも事実だった。アンナは彼に会い、直接話をする必要があると決意する。
翌日、アンナは馬車に乗り込み、レオニダス家の屋敷へ向かった。レオニダス家の門の前に立つと、彼女の心は不安に揺れた。「もし拒絶されたら……」そんな思いが頭をよぎる。しかし、家族のために怯んでいるわけにはいかなかった。ガイウスは自分を信じて行動している。彼女もまた、夫のためにできることをするべきだ。
アレクシウスと面会したとき、彼の表情は硬かった。アンナは彼の前に座り、真剣な目で訴えた。「ガイウスはエリディアムの未来を守るために動いています。私たちにはまだ力が必要です。どうか、レオニダス家の支援を」アレクシウスは深く息を吐き、冷静な声で答えた。「アンナ、私は君たちのことを心から思っている。しかし、今の状況では……私たちの家も危険に晒されるかもしれない」
アンナの胸に痛みが走った。アレクシウスの言葉は誠実だったが、それでも彼が背を向けようとしていることは明らかだった。「……それでも、私たちは諦めません」アンナは立ち上がり、彼に頭を下げた。「家族を守るために、何としても戦います」
彼女が屋敷を出るとき、冷たい風が彼女の髪を揺らした。アンナは目を閉じ、再び心に誓った。たとえ支援者が減り、道が険しくなろうとも、彼女はガイウスと共に歩み続ける。クレスウェル家のために、そして何よりも愛する子供たちの未来のために。
「どこかに、まだ希望があるはず。私たちを信じてくれる者が……」アンナはそう思いながら、馬車に乗り込んだ。支援者探しの旅は、これからも続くのだと、彼女は覚悟を新たにした。