アンナ・クレスウェルは書斎に佇んでいた。薄暗い部屋の中で、数枚の文書が彼女の前に広がっている。かつてクレスウェル家の権力と栄光を支えていた書簡や契約書だが、今となっては過去の遺物に過ぎない。しかし、それらをじっと見つめるアンナの目には、諦めの色はなかった。
彼女は椅子に腰掛け、深いため息をつく。リディアとエリーナ、そしてレオン。子どもたちを守り、家を再興させるためには何が必要なのかを考え続けていた。レオンが帰還してから1年が過ぎ、ようやく家族は落ち着きを取り戻しつつあったが、没落した家の再建は容易なことではない。アンナはそれを痛感していた。
クレスウェル家の農場を維持するため、彼女は慎重に周囲との関係を再構築し始めた。エリディアムの一部貴族に働きかけ、表立たない形での支援を求めたり、農作物の取引を拡大したりと、小さな成功を積み重ねようと努めた。しかし、それでもクレスウェル家の復興には遠く、限界があることもまた彼女には理解できていた。
「これでは足りない……」
アンナは呟いた。どんなに努力しても、クレスウェル家の没落に加担した貴族たちがそのままの立場である限り、再興は夢のままだ。彼らは月の信者たちと手を結び、家の力を削ぎ落としていった。だが、アンナにはまだ希望があった。それはフィオルダス家との縁組みの可能性だ。
かつての友好関係を再び築き、彼らの影響力を取り込むことで、クレスウェル家に再び力を与える。だが、マルコム・フィオルダスとリディアの縁組みは慎重に進めなければならなかった。リディアにはまだ伝えていないが、彼女が承諾してくれるだろうかという不安が、アンナの胸を締め付ける。
「リディアは剣士としての道を選んだ……自分の信念を貫いている。彼女にとって、この縁組みはどう映るのか……」
アンナは自問自答を繰り返す。母として、そしてクレスウェル家の一員として、家のために何ができるのか。自分の決断が娘たちの未来にどんな影響を及ぼすのか、重い責任を感じていた。
彼女は再びペンを取り、フィオルダス家への手紙を書き始める。丁寧な言葉遣いとともに、クレスウェル家の現状を隠し、慎重に信頼関係を築こうと試みる文章だ。アンナは全神経を集中させ、ミスを許さない心持ちで書き進めた。彼女にとって、この手紙は最後の希望でもあり、クレスウェル家の未来を賭けた賭けでもあった。
手紙を書き終えた後、アンナは一瞬目を閉じ、深く息を吸い込んだ。「必ず、家を再興させる……そのためなら、私は何でもする」と心の中で誓う。決意の表情を浮かべた彼女は、再び机に向かい、計画を練り続ける。自分の手で未来を切り開くために。