リディア・クレスウェルが行方不明となり、彼女の救出作戦が少しずつ進められていた頃、リヴァルド・ケレンはクレスウェル家との細々とした関係を密かに続けていた。しかし、クレスウェル家が陰謀に巻き込まれて以来、表立って交流することが難しくなっていたため、リヴァルドは若い冒険者見習い、ラニエル・フィッツハバードにその任務を任せていた。
ラニエルは、リディアの伝説に憧れて冒険者を志した若者だったが、まだ実力は見習いの域を出ない。しかし、その熱意と機動力を見込まれ、リヴァルドから特命を受けることとなった。それは、クレスウェル家のガイウス・クレスウェルに密かに手紙を届けるという任務であった。
ラニエルはテラコムにある小さな宿を出発し、エリディアムの外れにあるクレスウェル家の隠れ家へと向かっていた。彼の足取りは軽やかで、まだ新しい革のブーツが地面を踏みしめる音が響く。しかし、内心では緊張が募っていた。リヴァルドから預かった手紙が懐に入っている。それは、リヴァルドがガイウスと再び手を結ぶための重要なメッセージであり、慎重に運ばねばならなかった。
「これが成功すれば、俺も少しは認められるかもしれないな……」ラニエルは自分に言い聞かせるように呟いた。
彼は、リディアがかつてクレスウェル家を支えていた剣士であることを知っていた。彼女の伝説的な活躍を聞くたびに、憧れと共に自分の未熟さを感じることもあった。それでも、ラニエルは前に進むしかなかった。今回は、彼にとっても大きな挑戦だった。
隠れ家に近づくにつれ、ラニエルは周囲の警戒を強めた。クレスウェル家が今もなお陰謀の影に晒されていることを考えると、敵の目に見つかるわけにはいかない。彼は茂みの中に身を潜めながら、慎重に進んだ。
ようやく隠れ家の門に到着すると、そこに立っていたのはかつての威厳を少し失ったガイウス・クレスウェルだった。彼の目には疲れが見えたが、それでもラニエルに気付くと、鋭い視線で彼を見つめた。
「リヴァルドからの使いか?」とガイウスは低い声で尋ねた。
「はい、そうです。ケレン家のリヴァルド様からの手紙を預かってきました」ラニエルは懐から手紙を取り出し、慎重にガイウスへ手渡した。
ガイウスは手紙を受け取り、その場で内容を確認した。リヴァルドの手紙には、商業的な提案と共に、クレスウェル家への支持が込められていた。表立っては支援できないが、陰で取引を続け、必要ならばさらに協力する意志が示されていた。
「リヴァルドは、まだ私たちを見捨ててはいないようだな」ガイウスはそう言いながら、手紙を慎重に折りたたんだ。
ラニエルはガイウスの言葉に軽く頷き、任務を終えた安堵感を感じた。しかし、彼はまだこの世界の複雑さを完全には理解していなかった。彼にとっては、リヴァルドとガイウスがかつてのように手を組むことが、ただ商売の再開を意味するものに思えた。しかし、この背後にはクレスウェル家を取り巻く深い陰謀と、リディアの行方不明を巡るさらなる困難が待ち受けていることを、彼はまだ知らなかった。
「お前には感謝する、若者。だが、これからもお前の力が必要になるかもしれん」ガイウスは静かにラニエルに言った。
ラニエルはその言葉を胸に刻み、剣士としてだけでなく、何かもっと大きな使命に自分が関わることになるのかもしれないという予感を抱きながら、隠れ家を後にした。