イザベラとセバスティアンの婚礼は、盛大な祝宴の末、夜も更けて無事に終わりを迎えた。翌朝、冷たい朝の光が差し込む部屋で、リディアは自らの宿を出ると、アレクサンドル、レオン、そしてエリーナに声をかけた。
彼ら三人が一堂に会するのは、婚礼の喜びに満ちた夜明けとは対照的な重い空気を孕んでいた。リディアの表情には決意が見て取れ、彼女は一歩一歩、冷静に言葉を選びながら話し始めた。
「……私には、みんなに話しておかないといけないことがあるんです」
リディアの声には不安と責任感が混ざり合っていた。彼女は慎重に、しかし断片的に、極秘任務や「ルーン・オーブ」、そしてクラヴェルス一派のことを語り始めた。セラフィナ・カレヴァの名前が出た瞬間、アレクサンドルの眉がわずかに動いたのを、リディアは見逃さなかった。
「セラフィナは……私に命じた任務がありました。それはただの任務ではなく、真の目的はもっと深いところにあるように感じています。どうやら彼女は、何か巨大な力、古代の神々に関わる秘密を知っているようです。そしてその力は……月に由来するものかもしれないと……」
「月に由来する?」レオンが鋭く反応した。「それは、君がエリディアムで行方不明になった原因とも関係があるのか?」
リディアは目を伏せ、少し躊躇しながら続けた。「確かなことは言えません。ただ、私が何か大きなものに巻き込まれているという感覚は、ずっとありました。『古代神』、そしてそれを信仰する有力な信者たちが、私たち貴族や聖職者、その他の有力者に影響を及ぼしているのを感じます。でも……まだすべてが繋がっていないんです」
エリーナはその場で固く拳を握り、リディアの話に耳を傾けていた。彼女の表情には焦りと苛立ちが見えたが、言葉を挟むことはなかった。リディアは、一瞬アレクサンドルを見つめ、言葉を継いだ。
「本当は、エリオットやカリスにも伝えるべきだったかもしれません。セシルやエミリアも、私を救い出してくれた恩人ですし、彼らも関わるべきかもしれません。でも、まだ推測の域を出ないことが多く、クレスウェル家の没落の陰謀にも関連しているかもしれない。それに、人数が多すぎると……何かが漏れる可能性もある。だから、今は限られた人数にしか話せません」
レオンは沈黙を守り、アレクサンドルはリディアの一挙手一投足を見逃すまいとするかのように真剣な表情を浮かべていた。
「だから、私はまずあなたたち、クレスウェル家の兄妹たちに話すべきだった。でも……私は『黎明の翼』の一員でもある。だから、アレック、あなたにもこれを伝えるべきだと思ったのです」
リディアの声は僅かに震えていた。彼女は一度息をついてから、アレクサンドルに問いかけるように言った。
「……私は、まだ『黎明の翼』にいていいんですよね?」
アレクサンドルはしばしの沈黙を保った後、柔らかく微笑みながら答えた。「もちろん、リディア。君は必要な存在だ。ここにいてくれ」
その一言で、リディアの肩の力がわずかに抜けた。
「ありがとう……。でも、私たちは急ぐ必要があると思います。エリディアムに戻って、両親から詳細を確認しなければならない。そして、セラフィナ・カレヴァとも再びコンタクトを取るべきだと思います」
アレクサンドル、レオン、エリーナもその提案に同意した。全員が心の中で、これが単なる家族の問題ではなく、はるかに大きな陰謀が背後に潜んでいることを感じ取っていた。
会話が終わる頃には、外の朝日は完全に昇りきり、彼らの顔に薄い光が差し込んでいた。その光は、これから彼らが向き合う真実の重さを、暗示しているかのようだった。