リディアの結婚式の翌日、エリディアムの街はまだ祝福の余韻に包まれていたが、クレスウェル家では次なる重要な話題が進んでいた。レオン・クレスウェルとカトリーヌ・ティヴェリアンの縁談が本格化し、具体的な日取りの調整に入っていたのだ。政略結婚が避けられない現実に直面しながらも、レオンの胸には別の思いがよぎっていた。心のどこかで、かつて愛したアンナ・フォーティスへの未練がまだ断ち切れずにいたのである。
そんな複雑な感情に押しつぶされそうになっていたレオンに、妹のエリーナがそっと声をかけた。彼女の瞳には覚悟と迷いが入り混じっていたが、それでも兄を気遣う優しさが見て取れた。
「お兄様……」エリーナは一瞬言葉を探すように息をついた。「クレスウェル家のため、エリディアム全体のために政略結婚が必要なのは私もよく分かります。けれども、私にも慕っている相手がいて、もし同じことを要求されたら……正直、応じるのは難しいわ」
レオンはエリーナの真剣な表情を見つめながら、その言葉にじわじわと胸が締め付けられるのを感じた。自分が背負っている重責が彼女にも影を落としているのかと、申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。しかし、エリーナの言葉にはある種の真理が込められていた。彼女のように真っ直ぐな思いを抱けることが、どれほど大切かを考えさせられた。
「エリーナ……」レオンはしばし沈黙した後、重い口を開いた。「僕は……アンナとの未来を本気で考える覚悟がなかった。だからこそ、こうしてカトリーヌとの縁談に流されるままになっているんだ」
自分の中にある優柔不断さを自覚し、再び自分が嫌になったレオンだったが、妹の言葉がかすかな光となり心を照らしていた。アンナを失った自分を責める気持ちは残っている。それでも、今自分ができることを精一杯やろうと、レオンは決意を固めた。どんな形であれ、クレスウェル家を守り、エリディアムに平和をもたらすために。
エリーナはレオンの覚悟を見届けながら、小さな祈りを心の中で捧げていた。兄が自分の道を歩むと決めたその背中が、少しだけ頼もしく見えた気がした。