カリム・アレクトスは、自邸の書斎に腰を下ろし、冷えたワインの入ったグラスを見つめていた。かつての盟友クレスウェル家が、今まさにエリディアムで孤立し始めているという報告が次々と届いていた。彼はクレスウェル家の没落の兆しをいち早く察知していたが、その進行は彼が予想していた以上に速かった。
「クレスウェル家が、異端教団と結託しているという証拠が出回っているようです」
執事の声に、カリムは顔を上げた。目の前に広げられた書簡には、エリディウス教の高位聖職者たちからの報告が並んでいた。クレスウェル家が宗教に対して不敬な行為を行った、という証拠が偽造され、それが噂となって広がっている。カリムはそれを一つひとつ確認しながら、心中で苦い感情が湧き上がるのを感じていた。
「ガイウス……彼がそんなことをするはずがない」
彼は静かに呟いた。クレスウェル家の当主ガイウス・クレスウェルとは、長年にわたり商業面で協力し合ってきた仲であった。だが、月の信者たちが裏で暗躍し、情報を操作していることも知っていた。信頼できる情報源からの警告が彼の耳に入っていた以上、リスクを無視することはできなかった。
「カリム様、エヴァンド家の当主、ガレオン・エヴァンド様がお見えです」
執事の報告に、カリムは顔を引き締めた。「通してくれ」
ガレオン・エヴァンドが部屋に入ると、彼らはかつての盟友としての礼儀を交わした。しかし、ガレオンの顔には困惑と不安が浮かんでいた。
「カリム、君も知っているだろう。クレスウェル家についての噂がますます広がっている。我々が手を貸せば、我々自身も危険にさらされるかもしれない」
カリムは静かに頷いた。ガレオンの言葉には正当な理由があった。「私もそのことは考えている。だが、長年の盟友をこうして見捨てるのは容易ではない」
「私もそう思う。だが、エリディウス教の高位聖職者たちや、ヴァルドール家、ドレヴィス家までもが彼らとの距離を置き始めている。我々が関わり続ければ、エリディアム全体において孤立することになるかもしれない」
カリムは、ガレオンの言葉に深く沈むような気持ちを抱えながら、冷静な表情を保っていた。家を守るためには、感情を抑え、合理的に判断しなければならない。しかし、彼の心には苦悩が渦巻いていた。
「もう少し時間をくれ。私は最後まで、ガイウスが何をしようとしているのかを見極めたい」
ガレオンは、カリムの目をじっと見つめた。「君の判断を尊重するが、我々も家の安全を最優先にせざるを得ない。クレスウェル家が立ち直る見込みがないと判断したとき、私も行動を変えることになるだろう」
ガレオンが去った後、カリムは長い間書斎の窓の外を眺めていた。クレスウェル家の噂がエリディアム全土に広がる中で、自らの家をどう守るか、その選択肢は限られていた。
「ガイウス、私はどうすべきなのか……」
彼は静かに呟いた。かつての盟友を救う手立ては、まだあるのか。それとも、家族や家臣を守るために、盟友を見捨てなければならないのか。彼の決断が、アレクトス家の未来を左右する重大な分岐点となることは明白だった。
カリムは深い溜息をつき、冷静な表情の裏に苦しみを隠しながら、次なる策を練るためにペンを手に取った。