カストゥムの夕暮れ、アレクサンドル・ロマリウスは自宅の書斎で密偵からの報告書を手に取った。その内容は深刻だった。月の信者の過激派と現体制維持派が手を組み、セリーヌ擁立計画を妨害しようとしている。報告には、物資供給の停止や通信網の遮断といった具体的な妨害行為が挙げられていた。
「始まったか……」アレクサンドルは低く呟き、机に地図を広げた。その地図には、妨害が起きたとされる拠点がいくつも記されていた。
そこにマリアナ・ロマリウスが部屋に入ってきた。「アレック、また難しい顔をしているわね」彼女は報告書を手に取ると、目を走らせた。眉間にわずかな皺を寄せ、静かに言った。「こんな形で来るとは。次の手は?」
「まずは信頼できる人々に話を通す」アレクサンドルは毅然と答えた。「エドガーやカタリナ、マルクスを訪ねる。過激派に対抗するためには結束が必要だ」
翌朝、アレクサンドルはカストゥム近郊の市場に向かった。そこには、彼の古くからの友人である商人、エドガー・ローレンスがいた。エドガーは市場の一角に構える大きな倉庫で、物資の管理をしているところだった。
「アレック!」エドガーは忙しそうに動きながらも、アレクサンドルを見つけると笑顔で迎え入れた。「君が来るとは思わなかったが……この様子だと、良い知らせではないな?」
「その通りだ」アレクサンドルは無駄な前置きを省き、報告書をエドガーに手渡した。「物資の供給を停止する商会が出始めている。過激派が動き出した。彼らは君たち商人にも圧力をかけるつもりだ」
エドガーは報告書を一読し、深く息を吐いた。「確かに、最近妙な動きが増えている。この件には協力するが、他の商人たちを説得するのは簡単ではない」
「だからこそ、君が必要なんだ」アレクサンドルは真剣な眼差しで言った。「エリディアム帝国が再建されれば、商業の自由度が格段に上がる。これは商人にとっても、未来を変える機会だ」
エドガーは黙考し、やがて頷いた。「分かった。商人たちには話をしてみよう。ただ、圧力が強まれば、彼らも慎重になるだろう」
その後、アレクサンドルはカタリナ・フェルナの滞在する館を訪れた。カタリナはすでに今回の状況を把握しており、落ち着いた表情でアレクサンドルを迎えた。
「過激派がここまで直接的な動きに出るなんてね」カタリナは苦笑しながら言った。「彼らは、私たちが恐れると思っているのかしら」
「彼らの狙いは、計画の信頼性を揺るがすことだ」アレクサンドルは真剣な口調で応じた。「貴族と商人の間に不和が生まれれば、私たちはその間に挟まれることになる」
カタリナはしばらく考え込んだ後、微笑みを浮かべた。「協力するわ。あなたが考える未来を私も見てみたい。ただ、これからが本当の戦いね」
最後に向かったのは、慎重な性格で知られるマルクス・ヴァレリアの邸宅だった。マルクスはアレクサンドルの説明に耳を傾けながら、難しい表情を浮かべた。
「リスクは否定できないが、この計画には未来がある」アレクサンドルは静かだが力強い声で語った。「私たちが今動かなければ、未来を語ることすらできないかもしれない」
「その通りかもしれないな」マルクスはため息をつきながら応じた。「私も協力しよう。ただ、準備が必要だ」
その夜、アレクサンドルは自宅に戻り、作戦を整理していた。そこにアリーナ・アラマティアから念話が届いた。「セリーヌ様からの報告です。貴族たちの間で支持を広げつつありますが、過激派に同調する動きも散見されるとのことです」
「こちらも進展はあったが、まだまだ道のりは長い」アレクサンドルは念話越しに答えた。「明日も動き続ける」
その静かな夜、アレクサンドルの瞳には、計画を進めるための強い意志が宿っていた。エリディアム帝国再建への道のりはまだ遠かったが、その足音は確かに未来へと響いていた。