エリーナ・クレスウェルは、カストゥムの黎明の翼の拠点で、心地よい緊張感に包まれていた。姉リディアが失踪し、家族の重責を背負う中で決意したこの道。黎明の翼の一員として活動を始めたのは、自分の力を信じ、家族の誇りを取り戻すためだ。だが、その覚悟は、仲間と共にする初任務を前に、改めて試されているように感じた。
アレクサンドル・ヴァン・エルドリッチが地図を広げ、南の拠点からもたらされた情報に目を通している。「次の任務はこの街から東の峠だ。盗賊の集団がここ数ヶ月で影響力を強め、村人たちを悩ませているらしい」
エリーナは、アレクサンドルの声に耳を傾け、静かに頷いた。アレクサンドルは、リディアの行方を追う盟友であり、彼女が最も信頼を寄せる仲間だ。その彼と共に立てることに、エリーナは感謝と緊張が混じる複雑な気持ちを抱いていた。
「エリーナ、大丈夫か?」隣でカリス・グレイフォークが問いかける。カリスはエリーナにとって兄のような存在だが、冷静で無骨な雰囲気を漂わせ、リディアがいた頃から彼女を気にかけている。
「ええ、もちろんです」とエリーナは即座に答えたものの、カリスの眼差しに少し不安が漏れ出したように感じた。彼の鋭い眼光がまるで彼女の心の奥底を見抜くようで、エリーナは思わず視線を逸らした。
アレクサンドルが静かに口を開いた。「エリーナ、今までの君の修練の成果が試される日だ。リディアの影に囚われることなく、自分のやり方で進むんだ」
エリーナは少し表情を引き締めて頷いた。彼女の中には、リディアの姿がどうしてもちらつく。しかし、この旅を通して、自分自身の足で立つことが重要だと理解していた。
旅の始まりは、早朝の澄んだ空気に包まれた街道からだった。アレクサンドルは前を歩き、エリオット・ルカナムは魔法の準備に余念がない。エリーナは緊張しながらも、自らの役割を果たす覚悟を固め、カリスの少し後ろから一歩一歩足を進めた。
道中、エリーナはアレクサンドルに質問を投げかけた。「アレック、どうして黎明の翼を結成しようと思ったのですか?」
アレクサンドルはしばらく黙り込んだ後、静かに答えた。「それぞれの信じる道を貫くためだ。それに、守るべきものがある人間にとって、背中を預けられる仲間がいることがどれほど大切か、リディアを見て気づかされたからな」
その言葉にエリーナは胸が温かくなるのを感じた。姉がここにいた証と、自分もその一員であることの重みを受け止めながら、彼女の心には次第に自信が芽生えていく。
峠に差し掛かり、風が彼らの顔に吹き付けた時、アレクサンドルは剣を握りしめ、エリオットは小さな護符を手に持ち構えた。何かが近づいているのだ。
カリスがエリーナに低い声で告げた。「何が起きても、焦るな。私たちは一人ではない」
エリーナは強く頷いた。リディアの影を背負いながらも、彼女自身の力で立ち向かう準備ができていた。