決断の時

レオン・クレスウェルは、父であるガイウスと向かい合っていた。書斎の窓から差し込む午後の日差しが、彼の表情を曖昧に照らしている。机の上には、エリディウムの高位聖職者からの手紙が広げられており、そこには国境付近での略奪者の脅威が急増し、防衛のための軍の派遣が必要だと記されていた。

「父上、私が行きます」レオンの声は力強く、揺るぎなかった。「このような緊急事態に、我が家が動かなくてどうするのですか。聖職者たちが神の意志として語る限り、クレスウェル家は応じなければなりません」

ガイウスは、少しの間沈黙した後、深いため息をついた。その顔には、老練な貴族としての重責が刻まれている。「お前の言う通りだ、レオン。だが、何かが腑に落ちんのだ。このように急な要請が出されるのは、何かしらの意図があるように感じる」

「父上、それは私も感じています。しかし、我々がここで動かなければ、他の貴族たちに我が家の忠誠を疑われてしまうでしょう」レオンは力強く続けた。「聖堂と国家に尽くすことで、我が家の名誉を守るべきです」

その言葉に、ガイウスは微かに頷いた。だが、その瞳には未だに不安が漂っていた。「お前がそう決意するならば、私はお前を止めはしない。ただし、十分に警戒することだ。何かあれば、すぐに戻ってくるのだぞ」

レオンは真剣な眼差しで父を見つめ、静かに頷いた。「もちろんです、父上。クレスウェル家のために、私は全力を尽くします」

書斎を出たレオンは、次に妹のエリーナと対面した。彼女はまだ若いが、その目には兄に対する信頼と期待が宿っている。「お兄様、本当に行ってしまうのですね」

「そうだ、エリーナ。だが、安心しろ。これはただの防衛遠征だ。それに、父上が君のことを守ってくださる」レオンは微笑んでみせたが、心の奥では何かが引っかかっていた。

エリーナは不安そうに眉を寄せ、「でも、最近家に対する噂が多いと聞きます。お兄様がいなくなったら、私たちはどうなってしまうのか……」と言葉を詰まらせた。

レオンは彼女の肩に手を置き、しっかりと目を合わせた。「エリーナ、君は強い。僕が戻るまで、父上と協力してクレスウェル家を守ってくれ。そして、何があっても信念を曲げるな」

エリーナは一瞬ためらったが、やがて微笑んで頷いた。「分かりました、お兄様。お戻りをお待ちしています」

その夜、レオンはクレスウェル家の屋敷を出発する準備を整えた。軍の指揮官として彼を待つ部下たちが集まり、出発の時を待っていた。彼は一度、家の門前で立ち止まり、背後の屋敷を振り返った。

「ここが僕の守るべき場所だ……それを忘れずに、必ず帰ってくる」自分に言い聞かせるように呟き、レオンは前を向いた。

「出発!」彼の声に、兵士たちが整列し、クレスウェル家の軍旗が風になびく。レオンは剣を握り、決意を胸にエリディウムの城門へと向かって歩き出した。

その背後では、ガイウスとエリーナが静かに見守っていた。その姿を見て、レオンは心の中で固い誓いを立てた。「必ず、家に戻る。そして、この遠征が無事に終わることを証明する」

だが、彼の背後で囁かれる影は、彼の決意とは裏腹に、計画の歯車を回し始めていたのだった。