カストゥムの会議室ではなく、アレクサンドルはあえてクレマン商会の屋敷を訪れていた。格式高い応接室で彼を迎えたのは、クレマン商会の現当主ロベール・クレマンとその長男セバスティアンだった。
「アレック、よく来てくれた」セバスティアンが親しげに微笑む。「久しぶりだな。イザベラも君のことを気にかけていたよ」
「ありがとう、セバスティアン。彼女と君が幸せに暮らしていると聞いて安心している」アレクサンドルは穏やかな表情で答えた。
ロベールが少し慎重な口調で切り出した。「さて、アレック。君が来たのはただの親戚同士の再会というわけではないだろう。セリーヌ擁立計画について話を聞かせてくれるか」
「その通りです、ロベール殿」アレクサンドルは敬意を込めつつも自信に満ちた声で答えた。「セリーヌを皇帝として擁立する計画は、ただの政治的な動きではなく、この国にとっての新しい時代の到来を意味します。そして、この計画を成功させるために、クレマン商会の協力が必要不可欠なのです」
ロベールは腕を組み、慎重に言葉を選びながら応じた。「確かに興味深い提案だ。だが、商会としては利益が最優先事項だ。現体制のままでも十分にやりくりできる現状で、君の計画に加わるリスクを負う必要があるのか?」
その問いに、セバスティアンが口を挟んだ。「父上、アレックの計画には確かにリスクが伴う。しかし、現体制に甘んじていては商会の成長は限られる。未来の繁栄を考えれば、この計画に目を向けるべきです」
「セバスティアン、ありがとう」アレクサンドルは感謝の意を示しつつ、ロベールに向き直った。「この計画が成功すれば、貴商会は地方自治の進展とともに、これまで以上の影響力を発揮することができます。それは、単なる利益以上の価値をもたらすでしょう」
ロベールは慎重に問い返した。「だが、計画が失敗すればどうなる?商会としての損失がどれほど大きいか、考えているのか?」
「失敗する可能性は承知の上です」アレクサンドルの声には揺るぎない決意がこもっていた。「しかし、私はこの計画を失敗させるつもりはありません。成功させるために全力を尽くします。そのためには、あなた方の力が必要です」
ロベールの表情にわずかな柔らかさが見えたが、すぐにまた考え込むような様子を見せた。「商会内にも反対意見があります。私だけで決められる話ではない」
「父上、反対意見の調整は私に任せてください」セバスティアンが静かに口を開いた。「アレックの提案は単なる理想論ではなく、具体性と現実味があります。商会の未来を考えれば、この計画を支持する価値があります」
ロベールは少しの沈黙の後、重々しい口調で言った。「分かった。次回の会合で正式な結論を出そう。その前に、内部の意見をまとめる時間をいただきたい」
アレクサンドルは立ち上がり、深く頭を下げた。「ご理解いただきありがとうございます。ロベール殿、そしてセバスティアン。必ずこの計画を成功させてみせます」
屋敷を出る際、セバスティアンが彼に肩を叩いて言った。「アレクサンドル、君の信念は必ず商会を動かす。僕も全力で手を貸すから、信じてくれ」
「ありがとう、セバスティアン」アレクサンドルは力強く握手を交わした。「君の支援があれば、どんな困難も乗り越えられる」
夜空を見上げながら、アレクサンドルは心の中で計画の次の一手を思案していた。この交渉は第一歩に過ぎない。しかし、確実にクレマン商会の支持を得るための手応えを感じていた。