夕暮れの薄明かりがクレスウェル家の居間を優しく照らし出す中、リディアは両親と向き合って座っていた。父ガイウスの眉間には深いしわが刻まれ、母アンナも神妙な面持ちでリディアを見つめていた。リディアは一瞬、両親の沈黙が何を意味しているのか察し、心がざわめくのを感じた。
「リディア」と、ガイウスが低く、しかし温かみを込めて口を開いた。「お前がどれだけ家のことを案じ、剣を振るってくれているかは、私たちも十分に分かっている。だが、今夜は少し違う話をしなければならない」
リディアは背筋を伸ばし、真剣に父の言葉に耳を傾けた。いつもの穏やかなガイウスの声には、今夜は少しばかりの重みと、どこか後ろめたさが感じられた。
「実は……フィオルダス家から、縁談の話が持ち上がっているのだ」
その言葉を聞いたリディアの心に、一瞬驚きと混乱がよぎった。けれども、すぐに表情を整え、真っ直ぐに父の目を見返した。彼女は自身が背負った家の重荷と、そのために必要な選択肢を理解しているつもりだった。
「縁談……ですか」リディアの声は穏やかだったが、心の内では葛藤が渦巻いていた。
アンナが少し前に身を乗り出し、優しくリディアの手を取った。「ええ、リディア。この縁談は、クレスウェル家再興への大きな一歩になる可能性があるわ。あなたも、そして私たちも、どんなにこの家を守りたいと願ってきたか……分かっているでしょう?」
リディアは母の手を握り返し、頷いた。家のために縁談を受け入れるべきだという思いが彼女の中に少しずつ根を下ろしていくのを感じる。だが、その一方で剣士として道を極めたいという夢も捨て難く、心は揺れ動いていた。
「分かっています、母様。でも、今はまだ……剣士としての自分の道を、もう少し歩ませていただけませんか?黎明の翼の活動も、私にとっては家のための準備の一つだと信じています」
アンナは小さく息を吐き、リディアの決意を受け止めるように頷いた。「リディア、あなたがそう願うのならば、しばらくは自由に活動させてあげるわ。でも、家の再興が最も大切な目標であることを忘れないで」
リディアは目を閉じ、深く息を吸い込んでから、しっかりと頷いた。「分かりました。私も家の一員として、この縁談が避けられないときが来たら、その時は覚悟を決めます。でも、今しばらくは……」
その言葉に、ガイウスも穏やかに頷いた。「それでよい、リディア。お前がどれほど強くあろうとしているか、私たちは分かっている。今は、その決意を信じて進みなさい」
こうしてリディアは、両親の理解と期待のもと、剣士としての活動にいそしむ時間を得た。心の奥底では、いつか家のために縁談を受け入れる覚悟を固めつつも、リディアは再び剣を握り、黎明の翼としての使命に立ち向かう日々を送ることを誓った。