静かなる囁き

セリオ・アルバインは、静かな街角に立っていた。エリディアムの市場が喧騒に包まれ、人々が行き交う中で、彼はその目で周囲の状況を冷静に観察していた。彼の任務は、月の信者たちの情報ネットワークを広げ、エリディアム内外に彼らの影響力を根付かせることだった。だが、彼はそれを「任務」と呼ぶことにさえ、心の中でわずかな違和感を感じていた。

「人の心に入り込むのは簡単なことだ。ほんの少しの親切と、興味深い情報があればいい」

彼は自分にそう言い聞かせた。市場の隅にある一軒の小さな店に入ると、そこには既に待ち合わせていた商人、リカルド・フェルナンドがいた。リカルドは商人として長年エリディアムで活動しており、その人脈と情報力は月の信者たちにとっても価値のあるものだった。

「よ、久しぶりだな、セリオ。今日は何の話だ?」リカルドは快活な笑みを浮かべながらも、その目には警戒心がわずかに宿っていた。

セリオは微笑みを浮かべたまま、軽く手を挙げた。「リカルド、君の力を借りたい。最近、君が興味を持ちそうな情報をいくつか手に入れた。エリディアム市場の動向や、近隣諸国の貿易ルートについてだ」

リカルドの眉が少し動いたが、彼は興味深そうに身を乗り出してきた。「なるほど、そいつは聞きたい話だな。でも、ただで教えてくれるわけじゃないんだろう?」

「もちろん。ただ、僕たちはお互いに協力し合うことができると思っているんだ」セリオはリカルドの目を見つめた。彼は真実を語っているように見せることに長けていた。しかし、その奥底では、何かが冷たく蠢いているのを自覚していた。「君が市場の情報を共有してくれるなら、僕はさらに有益な情報を提供できる。例えば、来週エリディアムに入る商船の荷物についてとかね」

リカルドは一瞬、沈黙した。彼は取引のプロであり、簡単には信じない。しかし、その一方で、目の前の男が持っている情報が、確かに価値のあるものだと知っていた。「わかった、セリオ。その取引に乗るよ。でも、あんたの背後に何があるのか、いずれ確かめさせてもらうからな」

セリオは軽く肩をすくめ、笑顔を見せた。「いつでも。僕たちは互いに信頼できる仲間だろう?」

聖職者との接触

その日の夕方、セリオはエリディウス教の大聖堂へ向かった。彼はそこで、聖職者マクシム・アウレリウスと会う約束をしていた。マクシムは高位聖職者としての立場を持ちながらも、庶民の信仰を重んじる人物だった。彼の信頼を得ることは、セリオにとって重要な課題だった。

マクシムは、静かな目でセリオを迎えた。「君が私に話したいこととは、どのようなことか?」

「神聖な務めに関する情報だ」セリオは敬意を込めて頭を下げた。「最近、エリディアムの中で不穏な動きがあるという噂を耳にしました。私はその詳細を調べており、あなたにお知らせする必要があると感じました」

マクシムは顔をしかめたが、その表情は興味深そうだった。「不穏な動き、か。具体的にはどのようなことなのだ?」

「ある貴族が、神聖な教義に反する行動を取ろうとしている、という話です。もしそれが事実なら、エリディアム全体の信仰が揺らぐ可能性があります。ですが、私はあなたがその問題に対処できると信じています」セリオは丁寧に言葉を選びながら話した。彼は、マクシムの信仰心を利用し、協力を得るための糸口を探っていた。

マクシムは深く考え込んだ。「君の言うことが真実なら、調査が必要だ。しかし、私は君が何者であるかをまだ完全に信じたわけではない」

「もちろん、マクシム様。私もまだ、あなたのすべてを知っているわけではありません。ただ、私たちが協力し合うことで、この街の平和を守ることができると信じています」セリオは柔らかく笑いながら、心の中で自分の計算がうまくいくよう祈った。

マクシムはしばらくの沈黙の後、頷いた。「よろしい。君の情報を受け取ろう。だが、私は君の真意を見極めるつもりだ」

セリオは再び頭を下げ、彼の背中を見つめながら胸の中で冷ややかに呟いた。「私の真意を知る頃には、もう遅いかもしれないがね」