戦略の提案と議論
広間に響く重厚な静寂の中、アレクサンドルは会議の開始を告げた。クレマン商会、灰燼の連盟、そしてフィオルダス家の代表たちが集まり、黎明の翼の戦略的な新たな一歩が踏み出されようとしていた。リュドミラのサイコメトリーによって月の信者たちの新たな動きが掴まれ、全員がその報告を共有しつつあるこの場で、対抗策を練るための緊迫した議論が始まった。
アレナは隅で集中し、念話を通じて遠隔の仲間たちと連携を取っていた。エリオットからの鋭い助言が頭の中に響き、彼女は小さくうなずいた。会場の空気は張り詰め、各々が戦いの行方を左右する発言をする準備をしていた。
アレクサンドルが沈黙を破り、低い声で話し始めた。「敵を撹乱するためには、ただの噂ではなく、真実と偽りを混ぜ合わせるべきだ。本当の情報と偽の情報を同時に流せば、敵は何が正しく、何が間違っているのか混乱し、内部で疑念が生まれるはずだ」
彼の提案を受けて、リューシスは顔を引き締めて応じた。「それなら、噂の拡散の内容にも細かな設定が必要になるが、俺たちの情報網を使えば実現できる。少しずつ矛盾する情報を与えることで、敵の内部に混乱が生まれるだろう」
セリーヌ・アルクナスが冷ややかな眼差しをアレクサンドルに向けたが、その視線には同意の色が浮かんでいた。「私たち灰燼の連盟も同じ手法を使うことがある。敵が真偽を見極めようとする間に、私たちに有利な時間ができる。だが、流す情報の選定には慎重でなければならない。あまりに突拍子もない話は逆に信用を失わせる」
一瞬、会場の空気が冷たく沈黙したが、それを破ったのはマルコムだった。「そうなると、フィオルダス家の名前も利用されることになるかもしれないが、我々も同じ意志を持っている。家族と領地を守るためなら、多少の危険は覚悟の上だ」
その言葉にリディアは誇らしげに微笑み、アレクサンドルに視線を向けた。「皆がそれぞれの役割を果たすことで、この戦いを乗り切るための強力な策ができる。私は、仲間全員がこの策略に全力で協力できるよう、フィオルダス家としても後押しするわ」
エリーナが会話をじっと聞いていた。彼女は考えを巡らせ、小さくうなずいた。「この混乱が成功すれば、月の信者たちは内部で揺さぶられ、こちらに有利な状況が生まれる。あとは、どの情報を本物として、どれを偽りとして使うかの見極めね」
アレナはそのやりとりを見届け、心の中で決意を新たにした。エリオットの言葉が脳裏をよぎる。「敵を不確かな状況に追い込むことで、こちらの手を読みにくくする。情報操作はリスクもあるが、今は試みる価値があるだろう」
静寂が再び戻り、会場は一瞬の間、戦略をめぐる緊張で包まれた。しかし、その沈黙の裏には、各陣営が協力し、今こそ共通の敵を打ち負かすための計画を実行に移す決意が確かに芽生えていた。