揺るぎなき信念: 対立勢力との直接交渉
広間には、重い緊張感が漂っていた。セリーヌ・アルクナスは長い会議机の一端に立ち、その正面には月の信者過激派の代表者たちが控えていた。彼らの表情には険しさが滲み、冷ややかな視線をセリーヌに向けている。机上には交渉の記録を残すための紙が散らばり、周囲にはセリーヌを支持する灰燼の連盟の主要メンバーが慎重な様子で見守っていた。
「セリーヌ様」過激派の代表者の一人、背の高い男が声を発した。その声は低く、広間に静かに響いた。「我々がここに来た理由はお分かりかと思います。あなたの擁立計画は、多くの者に混乱をもたらすでしょう。この国を守るため、計画の撤回を求めます」
セリーヌはまっすぐに男の目を見据えた。彼女の表情は揺るぎない冷静さを保っているが、その瞳には鋭い光が宿っていた。「混乱を避けるために計画を撤回しろ、ということですか?」その声には微かな皮肉が込められていた。
男は小さく頷き、さらに言葉を続けた。「我々はただ、秩序を維持したいだけです。この国には長い歴史があります。その流れを変えることがどれほど危険なことか、あなたにはお分かりでしょう」
セリーヌは静かに息を吸い、毅然とした態度で答えた。「確かに、変革にはリスクがあります。しかし、現状を維持することが必ずしも秩序を守ることにはなりません。この国の現状が抱える矛盾と苦しみは、誰もが感じているはずです」
一瞬の静寂が広間を包んだ。その間にセリーヌは机に広げられた地図に手を伸ばし、ある地点を指差した。「ここを見てください。この地では商人たちが高い関税に苦しみ、貴族間の対立が止まりません。ここでは民衆が戦乱に怯え、平穏を求めています。これがあなたたちの言う『秩序』ですか?」
その言葉に過激派の代表者たちの間でさざめきが起こった。一部は明らかに動揺している様子だったが、中心に座る男は表情を崩さなかった。「それでも、あなたのやり方ではさらに混乱が生まれるだけだ。我々が求めるのは安定だ」
「安定とは何でしょうか?」セリーヌの声は一層鋭くなった。「誰かの犠牲の上に成り立つ安定は、本当の安定ではありません。私が目指すのは、すべての人々が公平に生きられる未来です。それを作るためには、この国の古い枠組みを超えなければなりません」
対立は続いたが、セリーヌの冷静な姿勢と説得力のある言葉が、徐々に場の空気を変えていった。過激派の代表者たちの中には、眉間に皺を寄せて考え込む者も現れた。その中の一人が、しぶしぶ声を上げた。「しかし、貴女の言葉が本当であるならば、どうして多くの者がそれを理解しないのですか?」
セリーヌは微笑みを浮かべた。その微笑みには冷たさはなく、むしろ相手に寄り添うような優しさが含まれていた。「変化を恐れるのは、人間として当然のことです。だからこそ、私はこうして時間をかけてでも話し合おうとしています。もし、あなたたちがこの国の未来を本当に案じているのであれば、どうか私たちと共に考えてください」
交渉は長引いたが、平行線をたどったまま終了した。過激派の代表者たちは不満げな表情を浮かべながらも、何も得られずに退出していった。セリーヌは彼らを見送りながら、深く息を吐いた。
その後、灰燼の連盟のメンバーと再び集まり、対策を話し合った。アレクサンドルはセリーヌに向かって静かに言った。「あなたの言葉は、彼らの一部に確実に響いていた。次の段階に進む準備を整えよう」
「ええ」セリーヌは力強く頷いた。「これが終わりではない。彼らを説得するための道は、まだ残されているはずです」
その言葉に連盟の仲間たちは互いに頷き合い、次なる計画のために動き始めた。交渉の先には依然として困難な道が待ち受けていたが、セリーヌの信念は揺るぎなかった。