策略の種を蒔く
リダルダ・カスピアンは、エリディアムの豪華な貴族サロンの片隅に立っていた。貴族たちが楽しげに語り合う中、彼は一人、冷静な目でその様子を観察していた。彼がここにいるのは、ただの社交ではなかった。この場は、月の信者たちがエリディアム内で影響力を拡大するための、最適な狩場だった。
リダルダは、杯を持ったまま微笑みを浮かべ、隣に立っていた貴族に話しかけた。「クレスウェル家が最近市場の改革を提案したと聞いたが、ご存知かな?」彼は相手の目を見つめ、意図的に言葉を間を置いて発した。
相手の貴族は、興味深そうに眉を上げた。「ああ、聞いたことがある。彼らは我々のために動いているのか?」
「もちろん、クレスウェル家はこの国の未来を真剣に考えている。市場の税制を見直し、貴族たちが商人との取引を有利に進められるようにしたいと言っているそうだ」リダルダは、あたかもクレスウェル家に好意的な立場を取っているかのように振る舞った。しかし、その内心では、どれほどの貴族がこの噂に踊らされるのかを冷静に見定めていた。
リダルダは、周囲の貴族たちが彼の言葉に耳を傾けるのを感じ取ると、心の中で冷ややかな笑みを浮かべた。「これで十分だ」と思った。彼は常に、相手の心に疑念を植え付け、彼らが自ら動くよう仕向けることに喜びを見出していた。
その日の夜、リダルダは郊外の隠れ家に戻り、アグニス・フィオレに報告した。部屋の中は静まり返っており、月明かりが窓から差し込んで、アグニスの冷たい目を浮かび上がらせていた。「進展は?」アグニスの声は低く、だがその裏には冷酷な確信があった。
リダルダは一礼し、「貴族たちの間では、クレスウェル家に対する好意的な噂が広がっています。彼らは我々が流した情報を真に受け、クレスウェル家を支持し始めています」
アグニスは頷き、淡々とした表情で彼を見つめた。「よろしい。まずは彼らを味方だと錯覚させることが重要だ。いずれ、我々がその錯覚を打ち砕くときが来るだろう」
リダルダはその言葉を聞きながら、冷静な顔を保ちつつも、心の中では警戒心を抱いていた。アグニスの計画は確かに冷酷で巧妙だが、彼にとってもリスクが伴う。「だが、それが私の目的に近づくならば」と、彼は冷静に考えた。
「次の段階では、同盟者たちにも好意的な情報を流し、彼らの結束を強めるつもりです」リダルダは計画を続けた。「クレスウェル家が自分たちの立場を安全だと信じ込むまで、我々は徹底的に彼らを支える振りをします」
アグニスは満足そうに微笑み、彼の肩を軽く叩いた。「いいだろう、リダルダ。君には期待している。だが、失敗は許されない。クレスウェル家が全ての策に気づかぬまま、我々の手の中で操られる様を見せてやろう」
リダルダはその言葉に頷いた。彼の視線は冷たく、野心と計画がその奥に燃えていた。「すべては順調に進んでいる。私は私の計画を進めるだけだ」と、心の中で自らに言い聞かせ、再び微笑を浮かべた。