蒼穹の狼と草原の主
アレクサンドル・ヴァン・エルドリッチは、仲間のリディア・クレスウェル、エリオット・ルカナムと共に、ノクティスを目指しフォルティス平原を進んでいた。夏の終わり、澄んだ空がどこまでも広がり、やわらかな風が草の海を渡っていた。平原を歩くうち、アレクサンドルはふと胸の奥に故郷アルヴォラへの懐かしさが湧き上がるのを感じた。この広大な景色、透き通った空気の匂いが、幼い頃から見慣れた故郷の景色を思い起こさせたのだ。
「こんなに近くに来たのに、立ち寄るわけにはいかないか……」心の中で呟いたが、仲間と共に歩く今の道に彼は確かな誇りを持っていた。
旅を続ける彼らの目に、やがて遠くの牧場で一人の若い女性が馬を操り、家畜を狙う狼の群れに立ち向かっている姿が映った。女性の名はマリアナ・ロマリウス――この牧場の主であり、草原を守る若き騎士だった。
「手際が良いな」とエリオットが感心した様子で呟く。
「ええ、ですがあの数だと苦しいかもしれません」とリディアも言葉を足す。見れば、マリアナは奮闘しつつも、次第に数の多さに押されているようだった。
「彼女を助けよう」とアレクサンドルが決意を込めて言うと、仲間たちは即座に頷いた。
アレクサンドルは弓を手に取り、矢を番えた。「狙いは外さない」
彼の一矢が狼の一頭を射抜くと、狼たちは一瞬怯み、マリアナはその隙に剣を抜き狼を追い払った。次第に狼たちは遠ざかり、草原に再び静けさが戻った。
マリアナは馬を駆けてアレクサンドルたちのもとへ近づくと、深く頭を下げた。「助けていただいて、ありがとうございます。私はマリアナ・ロマリウス、この牧場を守っている者です」
アレクサンドルも彼女に深く一礼し、丁寧に応じた。「私はアレクサンドル・ヴァン・エルドリッチと申します。たまたま通りかかっただけですが、お力になれてよかった」
「本当に感謝しています。旅の方々ですね。よろしければ、牧場に泊まっていってください。夕刻にはささやかですが宴も開かせていただきます」
彼女の真摯な招待に感謝し、彼らは牧場へと向かった。夕暮れ、宴が始まると、牧場の人々は自然体で彼らを迎え、静かな温かさが宴席に満ちた。アレクサンドルは、牧場の生活の美しさと、草原を守る彼らの生き方に心打たれた。そして、自分が歩むべき道と、守るべきものについて改めて思いを巡らせた。
夜も更け、マリアナは空を見上げ、穏やかな口調で言った。「草原を守るのは、家族や仲間と生きるためであり、信じる何かがあるからこそです」
アレクサンドルも静かに答えた。「その気持ち、よく分かります。自分もまた、守るべきものを探し続けているのかもしれません」
そうして語らったひとときは、アレクサンドルにとっても仲間にとっても、心に残る時間となり、それぞれの使命を再確認する夜となった。