薄氷の賭け
ガイウス・クレスウェルは、薄暗い書斎で書類の山を見つめていた。その顔には焦りと決意が入り混じり、普段の冷静さを失いかけているようにも見える。ここ数週間、彼は仲間たちに助力を求めてきたが、次々と断られた。かつての信頼は、月の信者たちの巧妙な策略と裏切りによって崩れ去りつつあった。
「ガイウス、これ以上無理をしては……」
アンナがそっと彼の肩に手を置く。彼女の瞳には深い心配と悲しみが宿っているが、その奥には夫への信頼と支えになろうとする決意が光っていた。ガイウスは小さく笑みを浮かべ、妻の手を握り返した。
「わかっている、アンナ。しかし、我々にはもう後がない。月の信者たちは我々を完全に孤立させようとしている。防衛協定は破棄され、傭兵団も離れていった。今の我々には、エリディアムを守る力がほとんど残っていない」
彼の声には悔しさがにじんでいた。防衛力が低下していく中、ガイウスは一つの希望に賭けようとしていた。フィオルダス家だ。彼らとの古い縁がまだ残っているかもしれない。彼は秘密裏に連絡を取り、国外の支援を求めた。フィオルダス家が応じてくれれば、月の信者たちにとってクレスウェル家を攻撃するリスクが増すことになる。
「でも、フィオルダス家が応じなければ?」
アンナの問いにガイウスは少し黙り込んだ。応じてくれなければ、すべてが終わるだろう。クレスウェル家は攻撃に対して無防備なまま、ただ滅びるのを待つだけになる。しかし、彼は自らの弱さを認めることができなかった。自分たちの誇り、クレスウェル家の誇りを守るためには、あらゆる手を打つしかない。
「応じなければ、その時は……」
彼は言葉を途中で止め、目を閉じた。アンナは静かに夫を見守りながらも、その手をさらに強く握りしめた。
「大丈夫よ、ガイウス。私はあなたを信じている。そして、クレスウェル家は、私たちは簡単に滅びはしないわ。どんな状況でも、私たちは一緒に乗り越えましょう」
その言葉にガイウスは再び微笑み、心の中で誓いを立てた。たとえ自分たちの力だけでは守りきれないとしても、アンナと共に、子供たちの未来を守るために最後まで抗い続けると。密かに続ける交渉がうまくいけば、クレスウェル家にはまだ希望がある。
その夜、ガイウスはもう一度書斎に戻り、フィオルダス家への密書を慎重に仕上げた。エリディアム国外の勢力とつながることで、月の信者たちにとって攻撃のリスクを高め、彼らを牽制する。クレスウェル家の存続のための最後の賭けだ。
書簡を封印し、ガイウスは決然と立ち上がった。クレスウェル家の未来は、この一手にかかっている。