戦いの覚悟と秘められた打算
アレクサンドルは、オスカーとマリアナに約束した誠意に嘘はないと自分に言い聞かせていた。エルドリッチ商会の当主を継ぐと共に、マリアナと共に未来を築くことへの決意も真実だ。しかし、その胸には別の計算もあった。月の信者たちと戦い抜くためには、商会の経済力と共に身分も重要な盾となる。彼が目指す道には、今後エルドリッチ商会とロマリウス家が戦いに巻き込まれることが避けられない。
アレクサンドルは、自分が大きな戦いに向けた準備を進めるにあたり、どんなに冷静でいられると確信しても、マリアナと共に新たな生活を思い描く彼女の純粋な姿を見ると、その打算に少し後ろめたさを感じるのだった。
その日の夕刻、アレクサンドルはマリアナとともに、エルドリッチ商会の管理する倉庫を見に行った。マリアナは目を輝かせながら、「商会にはこんなに多くの資源があるのね。私たちが一緒に成し遂げることを思うと、本当に未来が楽しみ」と、楽しげに話していた。
彼女が未来の展望を語るたびに、アレクサンドルの中で胸が詰まる思いがした。商会の財力も、マリアナとの絆も、自分には欠かせない存在となっている。しかし、マリアナの純粋な夢が、やがて激しい戦いに巻き込まれるだろうことを考えると、ふと視線を逸らしたくなった。
マリアナが自分の計画に熱意をもって話す姿に耳を傾けながら、アレクサンドルは内心で迷いを抱いていた。自分が心に秘める打算を伝えたら、彼女の笑顔が失われるのではないかという恐れがあった。しかし、月の信者たちの脅威が広がり続ける現状で、彼がそれを伝えずにおくこともまた彼にとって正しいとは思えなかった。
「マリアナ、君がこれほど商会の未来を信じてくれているのを感じると、私も心から力が湧いてくる。だが、今後、商会とロマリウス家を戦いに巻き込むかもしれないことを承知してくれ」
マリアナは、驚きながらも静かにうなずき、「アレック、あなたが決断したことなら、私は全力で支えます。商会もロマリウス家も、あなたが目指すもののために尽力するわ」と決意を込めて答えた。その言葉にアレクサンドルは少し安堵しつつも、彼女の純粋な信頼に再び後ろめたさを感じるのだった。
アレクサンドルは一瞬、視線を逸らしつつも低い声で付け加えた。「ただ、今は伯父や、双方の家族にはこの戦いのことは伏せておきたい。戦いがどれほど厳しいものになるか分からないから、彼らには余計な不安を与えたくないんだ」
その言葉に、マリアナはしばらく戸惑った表情を浮かべたが、やがて落ち着きを取り戻して静かにうなずいた。「わかりました。私も心の中で支えるつもりでいます。アレック、あなたが選ぶ道を一緒に歩む覚悟があるから」
彼女の誓いを聞いたアレクサンドルは、静かに感謝を込めて頷き、彼の心に湧き上がる微かな不安を隠しながらも、前に進む決意を新たにした。