姉との別れ
エリーナ・クレスウェルは、姉リディアの誘拐未遂事件の出発を控えた朝、庭の端にある一本の大きな木の下で、ぼんやりと姉の背中を見つめていた。リディアは重い剣を振りながら一心不乱に稽古をしている。カストゥムに向かうための旅立ちがいよいよ明日と迫っているのに、姉はいつも通りの厳しい訓練を怠ることはない。その真剣な姿に、エリーナはある種の憧れと寂しさを感じていた。
「本当に行っちゃうんだね……」
ふと漏らしたその言葉に、リディアは稽古の手を止めて、妹の方を振り向いた。エリーナは意を決して姉に近づき、少し震える声で続ける。
「ねぇ、リディア……私は、どうしても寂しいんだ。お姉様がいなくなるなんて……今まで、いつも一緒にいてくれたのに」
リディアは少し驚いたような顔をし、短く息をついてからエリーナの肩に手を置く。
「エリーナ、私も寂しいよ。でも、もっと強くなりたいんだ。この道が私にとっての新しい試練なの」
その言葉には、これまでどれだけ努力を重ねてきたか、そしてこれからどれだけの覚悟が必要かが詰まっていた。エリーナには、それがリディアの全身から感じられる。
「でも、私は……私も一緒に行けたら、どんなにいいかって……」
エリーナの気持ちが痛いほど伝わってきて、リディアは少し苦笑しながら答えた。
「エリーナ、あなたはまだ自分の道を探す途中だ。焦らなくていい。私も昔は、ただ剣を振るうことしか知らなかった。でも、少しずつ自分の役割を見つけていったの」
姉の言葉に、エリーナは少しだけ自分が不安になっていることに気づいた。リディアのように強くなりたいのに、自分にはまだその覚悟も実力も足りないと感じている。だが、その一方で姉のようになりたいと願う強い思いが彼女の中に芽生え始めているのだった。
「私は……」
エリーナは小さく息を吸い込み、決意を込めた瞳で姉を見上げる。
「私も、リディアお姉様みたいに、強くなりたい」
リディアは静かに頷き、優しく微笑んで言葉を返した。
「その気持ちがあれば、必ず強くなれるよ。私も、エリーナがどう成長していくのか楽しみにしている」
その言葉を最後に、二人はしばらく無言のまま立ち尽くし、互いに視線を交わし続けた。エリーナの心には、姉への憧れと別れの寂しさ、そしていつか自分も強くなりたいという新たな決意が交錯していた。